大将

当店に来られた方は、私が能登の出身だということを、ご存知やと思いますが、大阪の冬は暖かいな~

 

女将

暖かい?いやいや寒いよ。今年は特に寒いよ。

 

大将

何ゆうてんねん。わしの田舎に比べたらほんまに天国やで。わしの若い頃(修業時代)なんか真冬の真夜中の出前なんか悲惨やで。道路に雪が積もってて、バイクで20キロも走ったら、顔からツララがさがってんねん。

 

女将

顔からツララって凍ってるやん。大丈夫なん?

 

大将

慣れって怖いで~寒さもなれたら大丈夫やねん。

 

女将

話、聞いているだけで寒いわ。私なんか絶対あかんやろうなー

大阪の寒さでも、もう冬眠したいと思うもん。

 

大将

冬眠といえば人間って寒さを超えると、眠たくなるの知ってるか?

 

女将

ほんまに~経験ないけど、雪山で遭難した時に死と直面してても眠くなるという状態?

 

大将

そうそう、本当に寒さを通り越したら眠くなる。

これも能登での出前の話やけど、出前を持っていくときはスムーズにいくねんけど、寿司を渡し終えたら帰りが問題や。何故か、今まで晴れていたのに、突然吹雪になってて、用事を済ませたという安心感も重なってか、だんだん眠くなってくんねん。寒さもピークになってきた頃、バイクに乗りながら、いつの間にか熟睡してて、雪の壁にぶつかって初めて目が覚めるねん。

 

女将

いやいや、それって居眠り運転っていってあかんやつやん・・・

ぶつかって目が覚めたって大丈夫やったん?

 

大将

大丈夫、大丈夫。雪の壁にバイクだけ刺さってて、わしは後ろに倒れてんねん。

でも雪の上やしそんなにスピードも出ていないから、怪我は全然してないねんけど。

でも、ふと、自分が走ってきた道を見ると、バイクのタイヤの跡だけがくねくねと蛇行しながらつづいてるねん。

 

女将

おー怖っ!!もし、その時、車が来てたら危ないやん。

 

大将

まぁ田舎の道やし、そんなにふぶいてる時に、車なんか一台も通れへんし、人もいないから事故になる心配はないねんけど、自分が、死ぬか生きるかという心配だけやねんけど、睡魔が襲ってくるねん。

 

女将

当時は出前に行くのにも命がけやね。

それで、ちゃんと帰れたん?

 

大将

それが、また知らん間に店に着いてて、店の前でバイクに乗ったまま寝てんねん。

店の女将さんに起こされて初めて目が覚めんねんけど、どうやって帰ったかは、全然記憶にないねん。ほんまに、人間って寒くても眠れるもんやで。

 

女将

それって、寒さ関係なく、あんたがおかしいんとちゃう。

 

大将

そんなことないって、みんな若いころはそうやってん。

その時代は、「伊達の薄着の身はつらい」をそのまま実践してて、真冬でも、晒に白衣一枚で足元は素足に下駄や。これが粋とされてたからなぁ。

 

女将

もー聞いてるだけで、寒くなってきた。

若いころそんなことしてたから、今、腰痛いとか、ひざ痛い言わなあかんねん。

今の若い子たちにそんなことさせてたら、一日も持たないやろうね。

 

大将

そうやな。まぁ雪道をバイクで出前することはないやろうな。

でも、そうやって顔にツララを垂らしながらも出前に来てくれたと、お客さんもチップをはずんでくれたんやで。

あー今思えばいい思い出や。

 

女将

昔はそんな時代やったんやね。

昔の大将の修行時代の話は、今では、考えられないことばかりやから、よもやま話のネタもつきへんわ。

 

大将

ほんま面白い話ばっかりやから、また、機会があればお話ししたいと思います。